サマリー
価値は一定ではありません。限界効用逓減と収穫逓減の法則を通じて、追加投資の価値が逓減していく構造を理解します。そして、「やめどき=撤退基準」を設定することで、最大化ではなく最適化を目指す視点を身につけます。
この記事でわかること
- 限界効用逓減と収穫逓減の法則が理解できる
- 限界とは「1単位分の変化を見る」という視点が身につく
- お金、時間、労力など、あらゆる資源に限界があることを認識できる
- ビジネスにおける追加投資の判断基準がわかる
- やめどき=撤退基準を設定し、最適化を目指す考え方が身につく
「もっとお金をかければ、もっと成果が出るはず」
「もっと努力すれば、もっと結果が出るはず」
その思い込みには、経済学的な「落とし穴」が潜んでいます。価値は一定ではありません。同じモノや同じ投資でも、繰り返すうちに得られる満足や成果は、だんだん小さくなっていく。経済学では、これを「限界効用逓減」や「収穫逓減」の法則と呼びます。
重要なのは、「どこで止めるべきか」を見極めることです。その判断基準こそが「撤退基準」です。やめどきを事前に決めておくことで、サンクコストに囚われず、合理的な判断ができるようになります。この記事では、限界の経済学を通じて、最大化ではなく最適化を目指す視点を考えていきます。
📖 サンクコストとは?:なぜ止められない?サンクコストの罠と抜け出し方
1. 価値は変化する:限界効用逓減の法則
チーズケーキの例
チーズケーキを食べるとき、最初の1口目は格別に美味しい。でも、2口、3口と食べ進めるうちに、感動は薄れていきます。さらに、3個目、4個目となると「もういいかな」と感じる。満腹に近づくほど、チーズケーキへの喜びは小さくなっていきます。
このように、同じモノでも「効用(満足)は繰り返すごとに小さくなる」。これが「限界効用逓減の法則」です。消費量が増えるにしたがって、追加的な満足は減少していくという法則です。
つまり、価値は状況によって変動するものなのです。この構造を知らないと、「以前と同じ行動なのに成果が小さくなる」という現象が、気付かぬうちに積み重なっていきます。
限界とは「ひとつ分の変化を見る」ということ
経済学の「限界」とは、「ギリギリの境界線」ではありません。「1単位増やしたとき、どれだけ結果が変わるか」という「追加的な変化」に注目する考え方です。
この視点を満足度に当てはめたのが「限界効用」です。1つ追加で消費したときの満足度の増加分です。
- 1個目:感動するほど美味しい
- 2個目:まだ美味しいが、感動は薄れる
- 3個目:満腹で、味わう余裕がない
1つ追加するごとの「効用の増加」が小さくなる。これが「限界効用逓減」です。
なぜ限界効用は減少するのか
・満足には「慣れ」がある:最初が一番新鮮で、繰り返すと価値は薄れる
・生理的な限界がある:お腹がいっぱいになれば、価値を感じられない
・比較の基準が変化する:1個しかない時は貴重だが、10個あれば価値は下がる
私たちは価値を「絶対的」ではなく「相対的」に評価している。この人間的な事情が、限界効用を逓減させます。
限界効用の数式
経済学では、次の数式で表すことがあります。
限界効用の計算式
MU = ΔU / ΔX
- MU:限界効用
- ΔU:満足の増加量
- ΔX:消費量の増加分
数式を覚える必要はありません。大事なのは、ひとつ分の変化に着目し、「今」の価値判断の感度を高める視点です。
2. お金、時間、労力──あらゆる資源に限界はある
限界の考え方は、あらゆる資源に当てはまります。
お金の限界
- バイト代が月8万円の大学生にとっての「10万円」
- 年収1億円の投資家にとっての「10万円」
同じ10万円でも、重みは全然違います。お金が増えるほど「1円あたりの価値」は薄れていく。手元に少ない時は1円の価値が高いが、ある程度持つと価値は下がる。「お金はあればあるほど幸せ」とは限りません。
時間の限界
- 週に1日だけの休日 → 全力で満喫する
- 毎日が休み → ダラダラ過ごしてしまう
たった1日の休みは貴重だから、価値を最大限に引き出そうとする。でも毎日休日なら「ただの時間」になる。時間も「貴重なうちが最も効用が高い」のです。
労力や努力の限界
- 試験勉強の最初の2時間 → 集中力が高く、どんどん吸収できる
- 8時間目 → 疲れて集中力が切れ、「こなすだけ」になる
同じ1時間でも「成果の量」は下がっていく。これも経済学的な「限界」の構造です。
あらゆる資源には限界があり、効用や成果は逓減していく。だからこそ、「どこに、どのくらい使えば、一番意味があるか」を考える必要があります。それが「最適化」の本質です。
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3. ビジネスでも「限界」はやってくる:収穫逓減の法則
「もっとお金をかければ、もっと成果が出るはず」──ここにも経済学的な「落とし穴」があります。
これが「収穫逓減の法則」です。投入すればするほど、最初は成果が増える。けれど、ある一線を越えると「追加の成果」は小さくなっていくという現象です。
カフェのキッチンに人手を増やす
小さなカフェで、スタッフを1人増やせば料理のスピードは上がる。2人目もまだ効果がある。でも、3人、4人と増やすと、厨房は手狭になり動きにくい。指示が交錯し、効率が落ちるかもしれない。最初は大きな効果があるが、次第に「1人あたりの追加成果」は小さくなります。
売上のために広告費を増やす
最初の10万円は反響を呼んで売上につながる。次の10万円も効果が出る。でも50万円、100万円と投入すると、既に知っている人に届いたり、興味のない層に届いたりして、1円あたりの効果は逓減していきます。
なぜ限界収穫は逓減するのか
・資源の受け皿には限界がある:作業場の広さなど物理的制約
・追加投入が干渉を生む:処理の順番待ち、指示の重複など構造的制約
・効率の高い部分から先に使われる:最も効果的な方法が最初に使い切られる
「かければかけるほど良い」とは限らない。投入量と成果は、常に比例するわけではないのです。
限界収穫の数式
限界収穫の計算式
MP = ΔY / ΔX
- MP:限界収穫
- ΔY:成果の増加量
- ΔX:投入資源の増加量
ここでも、大事なのは「変化に着目する」視点です。
ビジネスでは、「たくさん使えばOK」では失敗します。問うべきは「この1単位を追加で使ったとき、どれだけ効果が出るのか」という「限界」の視点。その1単位が成果を生まないなら、投資する意味は薄い。
資源が限られている中で成果を出すには、「今、その投資に意味があるのか」を徹底的に考える必要があります。
4. やめどき=撤退基準:最適化を目指す
私たちはつい「最大」を目指そうとします。でも、満足や成果は常に変化するもの。最初は効果があった施策も、やがて伸びは鈍化していく。
だからこそ、どこに「限界」があるのかを見極める必要があります。それが経済学的な効率化の本質です。
限界の視点は「どこで止めるべきか」に着目する
限界効用や限界収穫の考え方は、「どこで止めるべきか」に着目します。
- チーズケーキは2個目で止めるのが最適かもしれない
- 広告費は50万円が限界かもしれない
- 勉強は睡眠時間を削ってまで頑張るべきではない
「あと1単位」が意味を持たないとき、そこが「やめどき」です。
やめどき=撤退基準
この「やめどき」が「撤退基準」です。プロジェクトや勉強、投資を始める前に、「どこで止めるべきか」を判断する基準のことです。
経済学的には、「追加投資の限界収入が限界費用を下回る時点」が撤退基準だと言えます。
xychart-beta
title "限界収入と限界費用"
x-axis "単位" [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20]
y-axis "金額" 0 --> 100
line "限界収入" [85, 78, 72, 66, 60, 54, 48, 43, 38, 33, 29, 25, 22, 19, 16, 14, 12, 10, 8, 6]
line "限界費用" [8, 11, 14, 17, 20, 23, 26, 29, 32, 35, 38, 41, 44, 47, 50, 53, 56, 59, 62, 65]限界収入(上から下がる線)は追加投資が増えるほど減少し、限界費用(下から上がる線)は比例して増加します。2つの線が交差する点が、撤退基準となります。
- 限界収入:追加投資で得られる追加的な成果
- 限界費用:追加投資に必要な追加的なコスト
限界収入 > 限界費用 → 続ける
限界収入 < 限界費用 → 撤退する
過去の投資額は含みません。重要なのは「これから追加で投資する価値があるか」だけ。これは、サンクコストを排除するための理論的基盤にもなります。
「最大化」ではなく「最適化」を目指す
つまり、「最大」ではなく「最適」を選ぶべきです。変化する価値を「今の状況」で捉え直し、最適化を目指す。
撤退基準を設定すれば、以下の誤りを避けられます:
- 「既に50万円投資したから、あと10万円投資すれば回収できる」というサンクコストの罠
- 「ここまで投資したから、続けるべき」という感情的な判断
- 「もっとやれば、もっと成果が出る」という非効率な努力の継続
限界の視点を持てば、過去に縛られず、これからの価値に目を向けられます。
📖 最適化の視点:リスクとは?ハザードと確率で未来に備える
まとめ
価値は一定ではありません。追加投資の価値は逓減していく構造を理解することが重要です。
限界の経済学のポイント
- 限界効用逓減:同じモノを繰り返すと、追加的な満足は減少していく
- 収穫逓減:資源を投入するほど、追加的な成果は減少していく
- 限界の視点:1単位分の変化に着目し、「今」の価値判断の感度を高める
やめどき=撤退基準
「どこで止めるべきか」。この「やめどき」こそが、「撤退基準」です。
「あと1単位」が意味を持たないとき、そこが「やめどき」。「最大」ではなく「最適」を選ぶことが重要です。
撤退基準を設定すれば、サンクコストに囚われず、合理的な判断ができます。その視点を持つことで、意思決定は、より自由で合理的なものになるはずです。
「選ぶ」ということの本質は、「止める」ということなのかもしれません。
学んだこと
- 価値は一定ではなく、限界効用逓減と収穫逓減の法則で変化する
- 限界とは「1単位分の変化を見る」視点で、「今」の価値判断の感度を高める
- お金、時間、労力など、あらゆる資源に限界があり、効用や成果は逓減する
- やめどき=撤退基準を設定すれば、サンクコストを排除し、最適化を目指せる
- 「最大化」ではなく「最適化」が、合理的な意思決定の鍵

