サマリー
人は集団に属した瞬間、無意識に「私たち」と「彼ら」を区別し、自分の集団を優遇し始めます。この心理は、部署の対立からSNSの分断まで、あらゆる場面に潜んでいます。集団バイアスを理解し設計することで、対立を推進力に変えることができます。
この記事でわかること
- 集団に属すると、なぜ「私たち」と「彼ら」が生まれるのか
- 意味のない違いでも境界が生まれることを示した心理学実験
- ビジネスの現場で見られる集団バイアスの構造
- 日常生活で見られる集団バイアスの構造
- 集団バイアスを「推進力」に変える境界設計
会社、部署、チーム、学校、地域、家族、SNSのコミュニティ──。
私たちは必ず、何らかの集団に属して生きています。
そして、集団に属した瞬間から、認知や判断は変化します。
- 他部署の意見には厳しくなりがち
- SNSで「自分と同じ意見」の人には親近感を持つ
これらは性格や相性の問題ではありません。心理学的には、人間の基本的な認知構造による自然な反応です。
人は集団に属すると、個人としてではなく、「集団の一員として」世界を見るようになります。そのとき発生するのが、内集団バイアスと外集団バイアスです。
- 内集団バイアス:自分の属する集団を過大評価する
- 外集団バイアス:属さない集団を低く評価する
この2つの反応が組み合わさると、あらゆる場で摩擦が生まれます。組織の対立、部署間の溝、SNS上の炎上、学校でのいじめ。表面的には別々の問題のように見えても、その根底には共通した心理的メカニズムがあります。
集団が生まれた瞬間、人はどこかで「私たち」と「彼ら」をつくり出す。
集団バイアスとは何か、なぜ生まれるのか、全体を俯瞰しながら整理してみましょう。
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1. 意味のない違いでも「仲間」が生まれる──タジフェルの実験
人が集団に強く影響されることを示した代表的な研究が、心理学者タジフェルによる実験です。
1970年代、タジフェルは次のような実験をし、社会的アイデンティティ理論としてまとめました。
2つのグループに分けるだけで「内と外」が生まれる
タジフェルは、被験者を「どちらの絵が好きか」のような曖昧な基準で区分しました。つまり、本人にとって実質的な意味を持たない集団をつくったのです。
その後、被験者に対して「自分のグループ」と「相手のグループ」に実験参加の報酬を振り分けるよう指示しました。その結果、自分のグループを優遇しようとする行動が見られました。
特に興味深いのは、「自分の利益を増やす」より「自分と相手の差をつける」ほうを優先するケースが多かったことです。例えば、自分のグループに8点・相手のグループに7点よりも、自分のグループに5点・相手のグループに1点のほうを選ぶ。そういった行動が観察されました。
これは、「得をする」よりも、「優位に立つ」ことを重視するという、人間の心理を象徴しています。
集団は「意味」ではなく「境界」によって生まれる
タジフェルの研究が示した重要な示唆は、
人は、集団に「意味」があるから仲間意識を持つのではない。
集団として「分けられた」瞬間に仲間意識が発生する。
ということです。
つまり、信念、価値観、歴史、文化、血縁、利害、経験。これらがなくても、ただ「同じグループに分類された」というだけで、人は判断や行動を変えてしまうのです。
現実の組織・会社・学校・地域・SNSでは、分類にはもっと「意味のあるラベル」がつけられています。営業/開発、本社/現場、正社員/非正規、フォロワー/アンチ。タジフェルの条件よりはるかに「意味がある」分類が存在します。
そうであれば、内集団バイアス・外集団バイアスがより強く働くことは避けられないということです。
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2. 組織の対立を生む構造
集団バイアスは、特殊な現象ではありません。ビジネスの現場で日々起きている「自然な反応」です。たとえば、企業の中で考えられるのは、部署間の対立です。
部署間の対立──2つのバイアスが衝突する瞬間
営業部から開発部に「納期を1週間前倒ししてほしい」という依頼をしたとしましょう。開発部は「それは無理だ」と即座に断ります。この瞬間、それぞれの部署で次のような心理が働いています。
営業部の視点(内集団バイアス+外集団バイアス):
- 内集団バイアス:「私たちは顧客との関係を守るために必死に動いている」「営業の努力で会社の売上が成り立っている」と自部署の貢献を過大評価する
- 外集団バイアス:「開発はいつも現場の事情を理解していない」「技術的な言い訳ばかりで、ビジネスの視点が欠けている」と他部署を低く評価する
- 結論:「私たちは正しい。問題は開発の柔軟性の欠如だ」
開発部の視点(内集団バイアス+外集団バイアス):
- 内集団バイアス:「私たちは品質を守るために慎重に仕事をしている」「技術的に正しい判断をしている」と自部署の判断を正当化する
- 外集団バイアス:「営業はいつも無理な要求を持ってくる」「顧客に良い顔をしたいだけで、現場の負担を考えていない」と他部署を低く評価する
- 結論:「私たちは正しい。問題は営業の無計画さだ」
この対立の原因を、価値観の違いとして片付けることは簡単です。しかし、心理学的には、もっと注目すべき要因が働いています。
- 「自分は正しい」という内集団バイアス
- 「相手は理解が足りない」という外集団バイアス
つまり、両者とも自分たちを過大評価し、相手を過小評価しているのです。集団に属した瞬間、自然に発生する心理的メカニズムに従っているだけかもしれません。
この構造を理解せず、「営業が悪い」「開発が悪い」と個人や部署の責任にすると、対立は深まるばかりです。重要なのは、「集団バイアスという構造」が問題を生み出していると認識することです。
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3. SNSと日常に見る分断
集団バイアスは、ビジネスの現場だけに起こる特殊な現象ではありません。むしろ、日常生活のあらゆる場面に存在する、非常に「人間的な反応」です。
SNSに潜む集団バイアスと対立の構造
現代で集団バイアスが可視化されやすいのが、SNSです。そこでは、人間の心理的メカニズムとアルゴリズムの特性が複雑に絡み合います。そして、「私たち」と「彼ら」という境界線が強化されていきます。
SNSにおける集団の形成
私たちは、SNSで自分と似た意見や価値観を持つ人をフォローします。そして、自分と同じ考え方の投稿には「いいね」をつけ、共感のコメントを残します。この日常的な行動の積み重ねの中で、無意識に「内集団」が形成されていきます。同時に、その境界線の外側に「外集団」も形成されるのです。
SNSのアルゴリズムは、この内と外の分断をさらに強化します。「同じような投稿」が優先的にタイムラインに表示されます。親和性が高い投稿ほど目立ちます。結果として、「自分たちの意見が正しい」という確信が無意識に強化されてしまいます。
集団バイアスと炎上
こうして形成された「私たち」と「彼ら」の境界線は、様々なきっかけで一気に顕在化します。それが「炎上」です。
炎上に見られる心理構造:
- 内集団バイアス:自分たちの行動を正当化し、過大評価する
- 外集団バイアス:相手を低く評価し、問題があると認識する
- 結論:「私たちは正しい。問題は相手にある」
この認識は「いいね」や「引用」を通じて、内集団の中で繰り返し強化されます。アルゴリズムが「共感を集める投稿」を優先的に表示します。そのため、確信がさらに深まります。
そして、内集団内で「相手への批判」が繰り返されることで、外集団バイアスがさらに強化されます。それがアルゴリズムによって可視化され、増幅されていくのです。
リアルでも同じ構造が働いている
ここまで見てきたSNSの構造は、決してデジタル空間だけの特殊な現象ではありません。日常生活──学校、職場、地域、家庭──でも、全く同じメカニズムが静かに働いているかもしれません。
学校での「グループ」形成:
- クラスの中で、気づけば「私たちのグループ」と「あのグループ」という境界が生まれる
- 自分のグループの行動は「普通」で、他のグループは「ちょっと変わっている」と感じる
- 何かのきっかけで対立が起きると、「私たちは悪くない、あちらが悪い」という認識が双方に生まれる
地域コミュニティでの「派閥」:
- 自治会、PTA、サークル活動で、いつの間にか「意見が合う人たち」と「合わない人たち」に分かれていく
- 自分たちの意見は「正しく」て、相手の意見は「おかしい」と感じる
- 実際には小さな違いでも、時間とともに境界線が強固になっていく
これらの現象は、SNSのような「アルゴリズム」こそないものの、人間関係の中で同じように増幅されます。
- 内集団での会話:「あの人たち、ちょっと・・・」という会話が、グループ内で繰り返されることで、外集団への認識が固定化される
- 選択的な情報接触:外集団の「気になる行動」だけが話題になり、好感のある側面や共通点は見えなくなる
- 集団内の同調圧力:「みんなそう思っている」という空気が、個人の違和感を表明しづらくさせ、境界線をさらに強化する
問題の根源は、集団に属した瞬間に発生する、自然で普遍的な心理メカニズムにあります。
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4. 境界線をデザインする
人は集団に属した瞬間、内集団を優遇し、外集団を警戒する心理が生まれます。この反応は、性格・経験・能力とは関係ありません。したがって、大事なのは「集団バイアスをなくすこと」ではなく、「どう設計し、どう活かすか」という視点に立つことです。
境界線のコントロール
必要とされる視点は、「境界線をどこに引くか」をコントロールすることです。
人は必ず「内と外」の境界線を引きます。その境界線の位置と方向が、集団の協働を生むか、対立を生むかを決定します。だとしたら、大切なのは、この境界線を意図的に設計することです。そして、集団の推進力に変えることではないでしょうか。
① 上位内集団の設定──境界を「上書き」する
人間は、集団がある限り「内と外」をつくってしまいます。したがって、「壁をなくそう」という発想だけでは機能しません。
企業や組織の中で行うべきことは、より大きな「上位内集団」を設定し、小さな境界を上書きすることです。つまり、複数ある境界のうち、どれを「優先する境界」として機能させるかを設計します。
例:
- 部門やチームごとの目標だけではなく、「顧客価値」「事業戦略」など上位目的へ視点を引き上げる
- 組織全体の統一した「共通の成果」を設定する
- 意思決定を「地域全体」や「長期的時間軸」における最適を基準にして共有する
境界は消えません。しかし、優先される境界は変えられます。これが、集団バイアスを「推進力」に変える第一歩です。
② 共通の外敵の設定──境界の「方向」を揃える
人は外集団に対して警戒し、内集団には結束を強める性質があります。この特性は、方向を誤らせると「社内対立」になります。
やるべきことは、「共通の外敵」を組織の外側に設定することです。つまり、「本当の敵は内部ではなく外部である」という構造をつくるのです。
例:
- 社内の利害ではなく、「顧客の課題」「市場の競争相手」に照準を合わせる
- 「他者の失敗」ではなく、「組織としての機会損失」に意識を向ける
人は、外敵が明確になったとたん、「私たち」の範囲を広げます。誰かの悪口をたたいて、結束を確かめる。それはその典型です。
しかし、より建設的なコミュニティを形成するのであれば、「外部の課題」を共有し、連携するべきではないでしょうか。
flowchart TB
subgraph before["❌ 対立構造"]
direction LR
A1[営業] <-.敵対.-> A2[開発]
A2 <-.敵対.-> A3[管理]
end
subgraph after["✅ 協働構造"]
direction TB
B1[共通の上位目的<br/>顧客価値・事業戦略]
B1 --> B2[営業]
B1 --> B3[開発]
B1 --> B4[管理]
B2 & B3 & B4 --> B5[共通の外敵<br/>市場競争・顧客課題]
end
before ==> |境界線の再設計| after
style B1 fill:#d4edda
style B5 fill:#fff3cd5. まとめ:境界線は、設計できる
人は集団に属した瞬間、無意識に「私たち」と「彼ら」を区別しはじめます。所属というラベルがついただけで、内集団には好意を、外集団には警戒を抱く。とても自然で、人間的な反応が起こるのです。
この心理は、会社、学校、地域、SNS──あらゆる場に存在し、そのまま意思決定にも持ち込まれます。部署の対立、評価のゆがみ、コミュニケーションの停滞。これらは必ずしも組織の文化や人間関係の問題だけではありません。人間が本来持っている集団バイアスの構造によって説明できそうです。
しかし、集団バイアスは、人間の欠点ではありません。
むしろ、方向さえ間違えなければ、「集団の強さ」を生み出す力です。
- 内集団は協力を促し、行動の速度を高めます
- 一体感は、挑戦や変化への心理的抵抗を下げます
- 共通の目的が明確になれば、結束力は大きな推進力になります
大切なのは、「境界を消すこと」ではなく、「境界をデザインすること」です。
- 部署の境界を越えて、「組織全体」という上位の内集団をつくる
- 社内ではなく、「市場」や「顧客課題」を共通の外敵として設定する
- 越境経験を増やし、境界を柔らかくする
境界線はなくせません。しかし、境界線の「位置」と「意味」は変えることができます。
集団バイアスは、方向さえ設計できれば、組織やチームを動かす最も根源的なエネルギーになります。人は集団に影響される生き物なのです。
今、どんな集団に所属しているでしょうか。その境界は、どこにあるでしょうか。
その境界線の向こうに、もっと大切なことがあるかもしれません。
学んだこと
- 集団バイアスとは:自分の集団を優遇し(内集団バイアス)、他の集団を警戒する(外集団バイアス)心理
- タジフェルの実験:意味のない違いでも、分類されただけで仲間意識が発生する
- 集団バイアスの存在:部署の対立、SNSの分断、学校のグループ形成など、あらゆる場面に存在する
- 上位内集団の設定:より大きな「私たち」をつくることで、小さな境界線を上書きできる
- 共通の外敵の設定:内部ではなく外部に「本当の課題」を設定することで、推進力に変えられる

